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【糾弾】障害者差別発言

とある会議で
教育委員がこんな言葉を吐いた

(自閉系の障害がある子どもたちをみて)

「あんな子らこそ、真っ先に社会にでなければならないんだから、
 人に迷惑をかけてはならんということを身をもって教えるべきだ。」

「私だったら、引きずりだしてたところだ。」

この発言!!
糾弾

障害者切り捨て
障害者差別

障害に対する知識は微塵もない

こんな人間が
教育委員をしているから
教育が変わらない。

上記の言葉を、分かりやすく言い換えると

「どうせあんな子たちは、どう頑張っても高校にはいけなんだから
早いうちにあきらめさせて、人に迷惑をかけず、人の言うことをおぼえさせないと。」
ということである。

障害者支援法や障害者差別解消法にのっとるなら
その人本人が罰せられなければならない対象である。

こんな発言におののいていては、教育はできません。

いかがですかみなさん。
みなさんは、自閉系の障害がある子どもたちに向かって

おまえらはどうせ高校にはいけないのだから
いいかげん、人の言うことを我慢して聞け

こんなこと言えますか。

少なくとも
人に迷惑をかけるということそのものが理解できないのに
どうやって人間関係をうまくやっていけるかを模索している訳で
はなから、切り捨てればよいという考え方は
犯罪に等しい。

糾弾!!

かぎりなくエネルギーを使うこと

生徒と関わることは楽しい
たとえ攻撃の姿勢を見せていても

保護者と関わるとこはたやすい
たとえモンスターと呼ばれていても

一番エネルギーを浪費すること
それは

教師と関わること

なかなか
ベクトルの向きを変えようとしない
変わろうとしない
頑固というより偏屈といってよい

大きな声で怒鳴ればいいと勘違いしている
自分の言うとおりに生徒が動かないと腹を立てる
何かというと謝らせる
保護者にはかたくなまでに高飛車

こんな人間に
教えてもらいたいと
誰が思うだろうか

ガビョウガノコッテイル

いろいろなところに

掲示物もないのに
画鋲が残っていませんか

はがすときに
一緒に画鋲も取って下さい

高いところならなおさら

わざわざ抜くのも
大変だから

いつまでも
いつまでも
画鋲はささったままです

ウタレタクギ

おそらく
何かを吊すために
何かを掛けるために

その昔
誰かが打ち付けたものでしょう

結構いろいろなところに
クギが打ってあります

でも
何のためなのか
分かりません

使わなくなったら
打ったひとが
抜いて下さい

お願いします

ヌノテープノアト

補修といって
とりあえず
布テープ貼っていませんか

あれって
強そうに見えて

1年もすると
はがれるんですよね

そのままにしておくと

布は消え
粘着剤がガリガリになって
こびりつくんです

補修するのなら
もっと長持ちする物で直しましょうよ

仮止めならまだしも
とりあえず
布テープ貼ったらOKなんて

後のこと考えて下さい

セロハンテープノアト

壁に
ガラスに
ドアに

至る所に
セロハンテープが貼ってあった
跡が残っていませんか

セロハンテープは
せいぜい数ヶ月のものです

みんなそう思っているんですね
貼るときは

でも
忘れちゃう



粘着剤は固まり
テープははがれ落ち

だれも
気にならないのですか

貼ればいいってもんじゃあありません

貼った以上はきちんと跡を残さず
はがして下さい

あなたがいなくなったら
いったい誰がはがすんですか

まあ
上手な方法で取り除くことはできますけど

見限っていませんか

生徒を
「悪いね。」
「どうにもならんね。」
「小学校でこんな状態じゃ。」
「中3になるころには、恐ろしい。」
などと、見限っていませんか。

見限ると
見限って捉えると
見限って関わると

見限ったようにしかなりません。

「先生!そんなことはありません。僕たちはちゃんとできるんです。」

こんなことができる生徒が果たして何人いるだろうか。

大切なのは

私たち教師が生徒を

どう捉え
どう関わるかです。

それ次第で、子どもたちは無限の可能性を持っているのです。

そこ信じましょうよ。

ねえ先生。

できなかったらどうするんですか

ある委員会活動の話し合いの中で

委員会の目標が決まった

すぐに
1年生から
「できなかったらどうするんですか」
「漢字100回書くのがいい。」
「いや、次の日も当番をすればいい。」

思わず
「何かをしようという話し合いをしているのに、
なぜできなかったときのことを話し合うんですか。」

「あ、そうですね。」
「その通りですね。」
二人ほど反応があった

なかなかやるのお

指導が交わる

「生徒の指導は交わらなければならない、
重なり合うような指導をしなければならない。」

そう言われてきた。

ずっと
それは
正しいと信じて実行してきた

つい先日
給食の準備中
一階の廊下に
カレールーの斑点を見つけた
その点は曲線を描いて階段に続いていた

追っていくと教室に向かっていた

顔を上げると
ティッシュを握った校長と顔が合った

「重なった」

久しぶりの感触

おもわず
「ありがとうございます。」
と言ってしまった。

すぐ、側にいた生徒を促すと
4,5名の女生徒が
「私も行ってみます。」とティッシュ片手に
下りていった。

「よかったなぁ」

思った。

クリエイトよりリペアの方が

クリエイトは
ひらめいたことを表現すればよい
何の制限もない。

それほど難しいことではない。

リペアは
難しい
元のクォリティにしなければならないという
難しい制限が課されているから

しかし、
自虐的かもしれないが
リペアは
制限があるだけに
達成感がある

そこがまた
楽しい
タグ:創造 補修 自虐

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